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津地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決 1979年2月22日

主文

一  被告三重県知事に対する本件訴を却下する。

二  原告の被告津市長に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告三重県知事が原告に対し、昭和五一年五月一〇日付をもつてした昭和五一年度個人均等割県民税金三〇〇円の賦課処分を取消す。

2  被告津市長が原告に対し、昭和五一年五月一〇日付をもつてした昭和五一年度個人均等割市民税金一二〇〇円の賦課処分を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告三重県知事

(本案前の答弁)

主文第一、三項と同旨

三  被告津市長

主文第二、三項と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  県・市民税の賦課処分

原告は、昭和五一年五月一〇日付をもつて、被告三重県知事から昭和五一年度個人均等割県民税金三〇〇円の、同日付をもつて被告津市長から同市民税金一二〇〇円の各賦課処分を受けた。

2  右各賦課処分は次のとおりその根拠となるべき後記各条例の制定手続に重大な瑕疵があるから違法であり、取消さなければならない。

(一) 均等割県民税について

後記改正前の三重県県税条例によれば、昭和五一年度の個人均等割県民税額は金一〇〇円であつたところ、被告三重県知事は同年二月一二日昭和五一年度個人均等割県民税額を金三〇〇円として当初予算に計上して上程し、右予算は同年三月二五日三重県議会で承認された。しかし被告三重県知事の右所為は地方税法三八条に違反している。

また、同被告は同年四月一日専決処分をもつて、個人均等割県民税額を金三〇〇円と改める「三重県県税条例を改正する条例」(以下「改正県条例」という)を制定し、同日付県公報号外に改正県条例を掲載したが、同年五月二七、二八日に開かれた次の議会に上程承認を求めておらず、このことは地方自治法一七九条三項に違反している。

(二) 均等割市民税について

後記改正前の津市市税条例によれば、昭和五一年度の個人均等割市民税額は金四〇〇円であつたところ、被告津市長は同年四月二二日専決処分をもつて、同税額を金一二〇〇円と改める「津市市税条例の一部を改正する条例」(以下「改正市条例」という)を制定し、同日付市公報号外に之を掲載し、同年五月の津市議会に上程し承認を受けた。しかし、右専決処分は地方自治法一七九条一項所定の正当な事由を欠いており同条に違反し、更に右専決処分日は当該年度の初日に遅れたため、昭和五一年一月一日に遡つて賦課し得ないことは地方税法三一八条によつて明らかである。

また、同被告は本件税収を予算に計上することを怠つており、このことは地方自治法二二二条一項に違反している。

3  原告は、前記各賦課処分について、被告津市長に対して、昭和五一年七月六日異議の申立をなしたが、同年八月四日右申立はいずれも棄却された。

よつて、原告は、被告両名に対し、前記各賦課処分の取消を求める。

二  被告三重県知事の本案前の主張

1  処分の取消の訴は、処分をなした行政庁を被告として提起しなければならないところ、原告主張の昭和五一年五月一〇日付「昭和五一年度市民税、県民税特別徴収税額の納税者への通知書」による処分は被告津市長がなしたもので、被告三重県知事のなした処分ではないから、被告三重県知事には被告適格がなく同被告に対する訴は不適法である。

2  このことは、個人の県民税の賦課徴収は、当該県の区域内の市町村が当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収の例により、当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収と併せて行なうものとされており(地方税法四一条)、市町村は、個人の市町村民税を賦課し、及び徴収する場合においては、当該個人の県民税をあわせて賦課し、及び徴収するものとされている(同法三一九条二項)ことから明らかである。

三  被告三重県知事の本案前の主張に対する原告の認否及び反論

昭和五一年五月一一日付「昭和五一年度市民税、県民税特別徴収税額の納税者への通知書」の作成者が被告津市長であることは認め、被告三重県知事に被告適格がない旨の主張は争う。

地方税法四一条一項の規定は市町村が県民税の賦課徴収の権限までも有する規定と解すべきではなく、いわゆる県民税の取立業務を委任している規定と解するのが相当である。地方税法二〇条の三・一項は「道府県は、道府県税(道府県民税を除く。以下本条において同じ。)の賦課徴収に関する事務を市町村に委任してはならない」と規定しているが、右規定は道府県民税に関する事務は市町村に委任したことを明らかにしたものであり、県は事務を委任しているにすぎず、賦課徴収の権限を市へ移譲しこれを失つていると解すべきでない。

従つて、被告三重県知事は被告適格を有している。

四  請求原因に対する被告津市長の認否

1  請求原因1の事実のうち、被告津市長に関する部分は認める。

2  同2の事実のうち、津市長が昭和五一年四月二二日専決処分をもつて個人市民税の均等割額を金四〇〇円から金一二〇〇円に改める改正市条例を制定したこと、同日付公報号外に改正市条例を掲載したこと、同年五月の津市議会に報告し、その承認を得たことは認め、被告津市長の処分が地方税法、地方自治法に違反するとの主張は争う。

3  同3の事実は認める。

五  被告津市長の主張

1  本件専決処分は地方自治法一七九条一項の事由のうち「地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき」であつたものである。

昭和五一年三月三一日、地方税法の一部を改正する法律(昭和五一年法律第七号、以下「地方税改正法」という)の成立に伴ない、津市市税条例の一部を改正する条例を制定しなければならなくなつたが、改正案を確定、整備し、臨時市議会を招集してその承認を得るには物理的に相当の日数を要し、これでは旧条例の規定により計算して納税者に通知し、議決後に新条例分を追加して通知するということにならざるを得ず、一般納税者に無用の手数をかけるとともに事務当局や特別徴収義務者の事務量が非常に大きなものとなるなどの支障が生ずることが予想された。このような事情は「地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき」にあたる。

2  本件専決処分が、地方自治法一七九条所定の事由を欠いていたとしても、本件専決処分は五月の市議会で承認され、本来の条例制定権限を有している議会の承認により議会の議決があつた場合と同様の結果が生じたのであるから本件専決処分の瑕疵は治ゆされたものというべきである。

3  地方税法三一八条が「個人の市民税の賦課期日は当該年度の初日の属する年の一月一日とする」としているのは、地方税においては継続的な事実(本件では市内に住所を有すること)を課税客体とする場合があるので、課税団体、納税義務者、課税客体を確定させることとしているのであり、税率、税額までも一月一日に固定させる趣旨ではない。そして、市民税は年度税であるから、年度内の任意の日に条例が成立し、効力が生ずれば、四月一日から増減されるのであり、本件改正市条例は念のため「市民税に関する部分は、昭和五一年度分の個人の市民税から適用する」(付則二条)としている。

4  地方自治法二二二条一項にいう「あらたに予算を伴う条例その他議会の議決を要すべき案件」とは歳出をともなうものをいい、歳入を定める本件市民税の増額とは関係がない。

六  被告津市長の主張に対する原告の反論

地方税法の改正案は、既に政府より昭和五一年一月国会に提案され、同年四月一日施行の方針が明らかにされており、また三重県は被告津市長に対しその旨指導しており、被告津市長は改正案について知悉していたはずである。

しかも、条例改正案の確定及び整備は、既存の条例における当該条項に記載されている税額の「四〇〇円」を「一二〇〇円」に改訂すれば足りるのであり、また議会の議決に付す場合に予算に計上せず条例のみを議会に上程するのが従来のやり方である。さらに臨時市議会は開会の日前七日までに通知すれば足りるのであり、被告津市長の本件専決処分は地方自治法一七九条一項の要件を欠くものである。

第三  証拠(省略)

理由

第一  被告三重県知事に対する訴について

まず、原告の被告三重県知事に対する訴は被告適格のない者を相手方にしており不適法であるとの被告三重県知事の主張につき判断する。

昭和五一年五月一〇日付「昭和五一年度市民税、県民税特別徴収税額の納税者への通知書」の作成者が被告津市長である点は当事者間に争いがない。

ところで、地方税法四一条一項は個人の道府県民税の賦課徴収は、当該道府県の区域内の市町村が当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収の例により、当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収とあわせて行うものとすると規定し、また同法三一九条二項は市町村は、個人の市町村民税を賦課し、及び徴収する場合においては、当該個人の道府県民税をあわせて賦課し、及び徴収するものと規定している。右規定は個人の県民税の賦課徴収権を市町村に与えたものと解すべきであり、執行機関である市町村長がその名と責任においてこれを行使すべきものである。たとえ、右規定をもつて個人の県民税の賦課徴収の権限(事務)を市町村に委任したものと解するとするも、市町村長がその名と責任においてその権限を行使すべきものであることは変りなく、そしてこの場合市町村長が行政事件訴訟法一一条一項にいう「処分をした行政庁」に該当すると解するのが相当である。原告のこの点に関する主張は行政法上の権限の委任と民法上の委任とを混同した議論というべきであり、採用できない。

従つて、被告三重県知事は右通知書による処分についての被告適格を有しない。

第二  被告津市長に対する請求について

一  原告が、昭和五一年五月一〇日付で被告津市長から昭和五一年度個人均等割市民税金一二〇〇円の賦課処分を受けたこと及び請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

二  被告津市長のなした本件専決処分の適否につき判断する。

被告津市長が昭和五一年四月二二日専決処分をもつて個人市民税の均等割額を金四〇〇円から金一二〇〇円に改める改正市条例を制定したこと、同日付市公報号外に改正市条例を掲載したこと、同年五月の津市議会に右専決処分を報告し、その承認を得たことは当事者間に争いがない。

原本の存在及びその成立に争いのない乙第三号証、成立に争いのない乙第六、七号証、証人東幸太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、同乙第八号証、証人駒田拓一、同東幸太郎の各証言を総合すると次の事実が認められる。

1  地方税改正法は昭和五一年三月三一日に成立し、同年四月一日から施行されたが、右地方税改正法は地方税のうち事業税における事業主控除額の引き上げ、個人住民税における障害者、老年者等の非課税範囲の拡大、住民税及び事業税における白色申告者の専従者控除限度額の引き上げ、住民税均等割、自動車税及び軽自動車税等の引き上げ、不動産取得税、固定資産税等の非課税等の特別措置の整理等多岐にわたつていること。

2  津市では地方税改正法の成立をまつて、これに基づく市税条例の改正案作成作業に入り、昭和五一年四月一四日改正市条例の原案を仕上げ、内部的決裁を経た上、同月二一日市議会議員九名を混えた総務委員協議会を開催してその了承を取りつけ、翌二二日本件専決処分に及んだこと。なお、改正市条例案作成に当たり参照すべき自治省通達(準則)案については同年三月八日入手し、説明を受けていること。

3  本件専決処分を告示した後、議案の作成、印刷等通常の手順により臨時市議会開催の準備を進め、昭和五一年五月一一日に招集の告示をし、同月一八日から同月二一日まで開かれた臨時市議会において本件専決処分が報告、承認されたこと。

4  被告津市長において地方税法三二一条の四・二項所定の五月三一日までに同条の四・一項後段の規定による特別徴収義務者等に対する通知をしようとすれば、同月六日までに当該通知書を発送する必要があつたこと。

以上の各事実が認められる。

ところで地方自治法一七九条に規定する専決処分は地方議会の権限に属する事項を地方自治体の長が代わつて行なうことができるとするものであるところ、同条にいう「長において議会を招集する暇がないと認めるとき」とは当該事件が急を要し、議会を招集してその議決を経て執行するときは時期を失する場合をいうものと解するのが相当である。

そこで、本件専決処分が右要件に該当する場合であるか否かについて検討するに、改正市条例は当該年度において賦課徴収すべき租税に関する規定を既に当該年度に入つている時期において改正しようとするものであるから、できる限り早急にこれを行うべきであることは当然であるが、そのことから直ちに改正市条例について議会の議決を経てその執行をすることが時期を失することとなるものでないことはいうまでもない。また、地方税法三二一条の四の規定の関係でも、前記認定のように五月三一日までに特別徴収義務者等に対する通知をするには同月六日までに当該通知書を発送しなければならないとしても、同法自体三二一条の四・三項においてやむを得ない理由がある場合に右期日後に通知することを許容しているのであり、右通知が期日後になされたとしても、津市の財政又は納税義務者に格別の不都合、不利益を与えるものとは認め難い。その他前記認定の本件専決処分承認までの経緯に照らしても前記要件を具備したものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

因に、成立に争いのない乙第九号証の二、三、五、一三、一六によれば、人口、区域とも津市より多大な一宮市、稲沢市、小牧市、大津市、川西市においては専決処分を行うことなく、最も早いところでは昭和五一年四月一五日、遅いところでは同年五月二四日に地方税改正法に基づく市税条例の改正条例を議会で決議していることが認められ、また成立に争いのない甲第二号証の一ないし二九によれば、三重県下の多くの市町村において同年三月三一日又は同年四月一日に専決処分をもつて条例改正を行つたことが認められる。

ところで、条例の制定は本来議会の権限であるところ、普通地方公共団体の長の専決処分に対し議会の承認がなされた場合には結局議会の議決のあつたのと同視してよいのであるから、専決処分が前記要件を欠いてなされた場合であつても後に議会の承認があれば右瑕疵は治ゆされると解するのが相当である。

そして本件専決処分に対し市議会の承認のあつたことは当事者間に争いがないのであるから、専決処分の前記瑕疵は治ゆされたというべきである。

従つて、専決処分が違法であるとの原告の主張は採用しない。

三  次に、被告津市長の専決処分は当該年度の初日に遅れた違法がある旨の原告の主張についてみるに、これは改正市条例の遡及適用が違法であるという趣旨に解されるところ、個人に対する市町村民税について地方税法三一八条は当該年度の初日の属する年の一月一日を賦課期日と定め、その日現在において課税要件即ち租税債務の内容を決定する事実等を確定することとしているのであるが、改正市条例の個人に対する市民税の均等割の金額を改正する規定を昭和五一年度に適用することは過去に完結した事実により生ずることとなつた租税債務の内容を納税義務者の不利益に変更することとなることは明らかである。

そして、憲法八四条は租税法律主義を規定するが、租税法律主義は経済生活に法的安定性と予測可能性を保障することをその重要な機能とするものであるから、右憲法の規定はこれを害することとなる租税法規の遡及的適用を禁止する趣旨をも包含するものと解すべきである。

しかしながら、右租税法規不遡及の原則はいかなる場合においても遡及的適用を許容しない絶対的なものでなく、租税の性質及びそれが課される状況を考慮し、予測可能性が存在し、法的安定性に対する信頼を著しく害することがないとか、軽微な事項で納税義務者に著しい不利益を与えないといつた範囲内においては遡及して適用することも許されると解するのを相当とする。

ところで、均等割は負担分任の要請から極小額を賦課するものであり、改正市条例により津市におけるその額は金四〇〇円から金一二〇〇円とその倍率においては三倍と大ではあるものの、その額は改正時における一般の経済生活水準からすれば絶対額においてはなお低いものといい得るし、低額所得者に対しては非課税の措置を講じているところよりすれば、軽微な変更に止まり納税義務者に著しい不利益を与えないものと認められる。

従つて、改正市条例の均等割改正規定は租税法律主義に反するものではなく、また地方税法三一八条の規定の趣旨は前述のとおり賦課期日を定めただけの規定であり、右改正市条例の規定がこれに抵触する余地はなく、これらの点に関する原告の主張は採用できない。

四  また、原告は地方自治法二二二条一項違反をいうので右主張につき判断するに、弁論の全趣旨によれば、被告津市長は、本件改正市条例による税収入を予算に計上していないことが認められる。

ところで、地方自治法二二二条一項は財政負担を伴う条例の制定または改正に関し、財政の計画的で健全な運営を確保する目的で設けられた規定であるから、同条一項の「あらたに予算を伴う条例その他議会の議決を要すべき案件」とは歳出を伴う案件のみを指すものと解され、本件改正市条例の市民税の増額は何ら歳出を伴うものではないから本件改正市条例は右規定の制限を受けないものというべきである。

従つて、原告の地方自治法二二二条一項違反の主張もまた採用できない。

第三  結論

よつて、原告の被告三重県知事に対する本件訴は不適法であるからこれを却下し、また、被告津市長に対する請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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